"KOM HEM !"とはスウェーデン語で「うちにおいでよ」という意味です。スウェーデンに暮らし始めて5年。生まれ育った土地と違う生活はとまどうことも多いですが、その分楽しいこともたくさんあります。森にブルーベリーを摘みに行き、どっさりととれたらジャムやお菓子を作ります。いつまでも明るい夏の夕べには、近くの湖でピクニック。静かな水の中を泳ぎます。そんなスウェーデンの暮らしの中で生まれた作品ともに、日々の生活で使われている素敵なものもご紹介。カフェでは北欧紅茶、ホームメイドのお菓子もあります。北欧の生活を、少しでも感じていただけたらうれしいです。
Valkommen!! Yumi Kato 2002

…これは、2002年に加藤由美さんより、個展「KOM HEM !」を開いた際に頂いたメッセージです。スウェーデンの風を運んできてくださった展覧会。このホームページも、そのときにつくったものです。日々の暮らしの中の楽しい発見がたくさん。どうぞご覧下さい。

 

もくじ
スウェーデンのバレンタインデー
復活祭・イースターがやってくる
青い花
彫刻家 エイノのこと
共同洗濯室のお話
ギャラリー工のホームへ



スウェーデンのバレンタインデー

2月14日はバレンタインデー、
日本では女性から男性へ、チョコレートをプレゼ ントする日、
女の子が気持ちを告白するまたとないチャンスの日です。
2月14日が近づくと、本命のみならず、義理チョコを買う人々もいて
街中どこも かしこもチョコレートだらけ、美味しそうな色々なチョコレート、そして、
キレイ なパッケージについつい、チョコレートのワゴンに吸い寄せられます。
見ていると試しに食べてみたくなるようなものが沢山!!
すっかり日本に定着した 楽しい行事です。

さて、こちらスウェーデンでは、その日を”アラ イヤッタンスダーグ”といいます。
やはり、プレゼントをするのですが、女性から男性へのプレゼントの日
というわけではなく、どちらからあげてもいいんです。
とくにチョコレートというのではなく、プレゼントは花だったり(バラの花を3本
というのが正式らしい)、ハートをモチーフにした小物や、甘いおかしだったりね。
2月14日は街の花屋さんに行列が出来るほどですし、
気の利いたお店のショウウ インドウは、ハートのデザインのものが飾られ、
どこもキレイでかわいく変身します。
赤やピンクの暖かい色のウインドーは、寒さきびしいスウェーデンの冬の街に
彩り を与え、見ているだけで気持ちが暖かくなります。
2月14日、私は気張ってこの街でかなりフォーマルなレストランに行ったのですが
ちゃんとバレンタインディナーのセットがあって、
アペリティフに薄いピンク色のシャンパンとウオッツカ、それに
ストロベリーリキュールの入った、なんとなく駄菓子っぽい飲み物が出てきました。
グラスの縁には、大きなハートの型をした粉砂糖のまいてある
赤いグミキャンディーがポンッとのっていて、見るからにかわいいのだけれど、
あちら、こちらの席に着いてるカップル達は、老いも若きもいかつい顔をした大男も、
Alla hjartansn dag!!楽しそうにピンクのハートドリンクを手に していたのでした。
まだまだ、春の訪れには時間のかかるスウェーデンの2月中旬、
人々の心を和ませる楽しい1日、それがAlla hjartansn dagです。

注:文章中のAlla hjartansn dagという単語について。
ホームページでの表現の限界のため、スウェーデン語のアルファベットが使えませんでした。 ¨ 「ウムラート」がhjの後のaの上にくっついた文字が正確なものです。

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復活祭・イースターがやって来る。

今日、3月29日金曜日はだいたいどこの会社も仕事は半日で、
ポスクの連休の始 まりです!
今年は例年より少し早くにやってきたポスクローブ(復活祭の連休)。
4月1日まではしばしの連休、人々の表情が和みます。
3月に入ると街中で黄色い物がやたらと目に付くようになります。
黄色はポスクの 色なのです。ポスクが2,3週間後に迫ると、
ブナの小枝にふわふわした淡い色に 染めた羽のついたものが花屋の店先、
市場などで売られます。これを花瓶に入れて、新芽が出るのを楽しみに待つのです。
早く春よ来い!そんな願いを込めて。



暖かい春の訪れが感じられるこの連休は、日本のゴールデンウイークに
似てるよう ですが、キリスト教のお休みなので意味合いは違います。
しかしま とめてお休みが取れるので多くの人が旅行に出たりするところは
ちょっと似ている ように思います。
スウェーデンの復活祭・ポスクのご馳走は、卵を使った料理、サーモン、
そして羊の 料理などです。各家々で支度をし、家族が集まり楽しむわけです。

むかしむかし、スウェーデンでは魔女の存在が信じられていました。
イースターの金曜日を”長い金曜日”と呼び、その晩に魔女達が箒に乗って、
「青い山」の悪魔の許を目指して飛んでいく、という迷信があります。
魔女達は箒に跨がり、黒猫を一匹づつ従えています。銅で出来たヤカンを吊るし
飛 ぶ様を模した人形を街のあちこちで目にするのもこのころです。
今でもその迷信の名残で、魔女を追いやるためにポスクの晩には
大きな焚火が焚かれます。そして、子供たちは魔女の格好をしてハロウイーン
のよ うに家々を回ってお菓子やちょっとしたお小遣いをもらって歩きます。
頭にスカーフを巻いて、長いスカートをはき、箒を手に、顔にはそばかすを
散らし た魔女の姿の子供がやって来るのは楽しいものです。
街中では仮装した小さなかわいい魔女の手を引いたお母さんの姿を
見かけることもあります。ウチにも訪ねてくるでしょうから、
今日の買い物の時にはお菓子を買っておこうと 思います。

「魔女の宅急便」という宮崎駿さんの映画を見たことありますか?
スウェーデンのそんな魔女伝説が映画になったような話です。
あの映画の舞台はス ウェーデンだそうです。景色や街の様子も、
港町に魔女がやってくる設定も、なんだかとてもスウェーデン!と思います。
素敵な映画です。スウェーデンの美しいと ころをとてもよく描けていて
見ていて嬉しくなります。
カラスや鳩が飛ぶ中を、カモメがふうわり一緒に飛ぶ港町、
ヨーテボリもそんな街 です。

注:Pask (aの上に「。」がつきます)



青い花

この花と初めて出会ったのは、こちらに来て2年目頃だったろうか。
スウェーデン語のクラスで、ある日先生がみんなに質問をしました。
「みんな、ブローシッポールを知っていますか?」
はじめて聞く名前で、私はそれが花の名前であることすら知りませんでした。
先生の質問に皆がまちまちに答えるのを聞いて、それが花の名前であり、
しかも天然 記念物とされているめずらしい花だと知りました。
日本語で青いアネモネ。春の訪れをしらせる花。街にはもちろん咲いていず、
目にすることもありませんでした。しか しそんなブローシッポールに
会うチャンスは急にやって来たのでした。

ポスク(復活祭)の頃、ヨーテボリから島へ渡ったあるところには
ブローシッポールが群生しているそうで、
友人の一人は毎年春になるとそれを見に行っているというの です。
彼はこれを見ないと春がやって来た気がしないのだよ、と言いました。
桜のお花見な らぬブローシッポールのお花見。なんだかわくわくしてきました。
さっそく便乗して見に行くことになりました。車をグングン海へ向かって走らせます。
そこからフェリーで島へ渡り、かわいい家々を横目にくねくね道を進みます。
そ こからさらにハイキングコースのような道を歩いて行くと、
そこに花は待っていました。

少し雨の降るしんとした日でした。
天気のせいか人も少なく、湿った黒い土とコケのそば、
木々の下生えで、まるで発光するように美しく咲いていました。
寒さを忘れてその美しい花を眺めました。
きゃしゃな茎の上に、薄い花びらが揺れています。雨粒をのせた沢山の青く紫の花。

海を眺める岩場で、持っていったおむすびを食べました。
ポスクの頃、お天気の悪いまだまだ寒いスウェーデンで海を眺めつつ、
おむすびを食べたのが忘れられない思い出となりました。
そうそう、スウェーデンの海には白鳥がいます。しかもいつもつがいでいる。
ちょっと不思議な風景で、海、寒さ、おむすび、曇天、白鳥、青い花・・・
それらがくるくるまわって夢のように記憶に焼き付いてしまいました。



今年、またブローシッポールのお花見に行って来たのだけれど、
あの、はじめて行ったときの鮮明な、それでいて夢のような記憶とは少し違っていました。
お天気が良く、青く儚い花ブローシッポールは、
皆でふるふると嬉しそうに咲いていました。やっぱり美しく可憐な花だったけれど、
今回はお日さまが当たって愉快そうな元気な姿に見えました。

私は、自分の気分をそのまま見たような気がして、どきりとしました。

私の中でお花見のお弁当は、どうしてもおむすびで、
ここがスウェーデンであってもおむすびで、
なんだかそれが嬉しいような切ないようなそんな気持ちになります。
ああ、ブローシッポールが咲いていた・・・。
これで今年も春が来たんだなあって思う。
スウェーデンのお花見。私のお花見。

注:
Bla sippor  aの上に「。」がつきます。

彫刻家エイノのこと



私がHDK(ヨーテボリデザイン工芸大学)に在籍中、
薪窯のある郊外へ行くこと がたまにありました。
皆で車に乗りあわせて40分ほど街から郊外へ走ります。
高速道に乗ろうと走りすぎる横目に、
新しい彫刻が出来たの気がついたのはそんなある日でした。
金色の女性像が両手を上げて背中を弓なりに反らせ、
その手の先と足の先がぐるりと続く黒い鉄の輪へとつながるリング状の大きな彫刻。

 ”エイノの作品だ!”
すぐにそのことに気づいたのは、彼の工房に遊びに行ったときに見せてもらった、
いくつかのミニチュアモデルのひとつとそれが同じものだったのです。モデルはサラだ。
同じ工房をシェアしているサラもサンナもエイノの彫刻のモデルをしていました。 
「アジア人のモデルで作ってみたい!」と言われて、
私はいやだよ、やらないよ、 と断っていました。
私は通り過ぎる車の中で、こんなに大きな作品が街に飾られて、
よかったね、エイ ノ!と、なんだか嬉しい気持ちになりました。



エイノは、私たちの工房の斜向かいに工房を持つ彫刻家です。
幾冊も著書のある作 家でもあります。年の頃70歳、真っ白い髪に温厚な瞳、
ケンタッキーフライドチキンのカーネルサンダースおじさんを思わせるような風貌は、
優しく、はつらつとした印象を持っていました。
もう何十年も前、まだ彼が少年の頃に ロシアからやって来たのだそうです。
彼と彼の奥さんは、工房のすぐ近くにある、赤いかわいい家に住んでいました。
二人が腕を組んで歩いていくのに窓越しから手を振ったこともたびたびでした。
エイノは、よく工房の窓から「やあやあ女の子たち、元気かな!」と
ひょっこり顔をのぞかせ、ひとしきりおしゃべりをしてから、
自分の工房に入っていったもので した。

彼が、亡くなったことを知ったのは、展覧会の準備で忙しくしていた、
2001年10月のことでした。夏が終わり、工房へ行く回数が増えはじめて、
毎日のよう に工房にいた私は、ふと最近エイノが工房に顔を出さないなあ・・・と思い、
一緒の時間に工房で作業をしていたサラに尋ねたのでした。
彼女は悲しそうな顔を私にむけて話してくれました。
「ゴメン、由美に話してなかったね。エイノ、死んじゃったんだよ。」
と、今年の夏、彼が癌であまりにも急に亡くなったことを話してくれました。
夏はほとんど工房へ行けなかった私はそのことを何も知りませんでした。
「私ねエイノが亡くなる前の日にも、会いに行ってたんだけれど、
彼、生きる気力が十分にあったんよ・・・」
サラの悲しそうな顔、突然知った悲しい知らせに驚き、
とてもとても悲しくて私は泣きました。

私が、スウェーデンへ来て3ヶ月足らずの頃、
すでに今の工房に出入りするようになっていました。
片言の英語と、習い始めたばかりのスウェーデン語、話すのも大変、聞くのも難しい、
そんな状態での意志の疎通はなかなか大変で落ち込むこともありました。
ちょくちょくやって来るエイノは、そんな私にも自然に話しかけてくれる人でした。
「なーに、言葉なんてそのうち身に付くさ!新聞を読むのもいいし、
一冊の本を何度も何度も繰り返し読んでごらん。わしらがスウェーデンに来た頃には、
言葉の学校なんかもちゃんとしてなくて、独学でそうやってがんばったもんさ。」
そんなことを話してくれたりして励まされたものでした。
ロシアからスウェーデンへやって来た彼は、同じように母国を離れて暮らし、
言葉が不自由で不安な私の気持ちをわかってくれているな、と感じました。
そういうことって何となく通じて、
たどたどしいスウェーデン語ながら彼と話すのは楽しいことでした。

エイノは死んでしまったけれど、あの彫刻の横を通り過ぎるとき、
きっといつも彼を思いだすことでしょう。

今もエイノの工房は生前のままになっているとサラが話してくれました。
亡くなったパートナーの思い出がいっぱいの工房を片づけることは、
つらい作業だと思います。
赤い口紅を引いた、小さくてかわいいエイノの奥さんを思い出して切なくなりました。

最近とても悲しかったこと。



エイノの作品へ。




共同洗濯室のおはなし



私のうちでは、だいたい週に1回の割りあいで洗濯をします。うちには洗濯機がないのですが、それは案外、こちらスウェーデンのアパート住まいでは普通のことです。建物の地下や、離れ、アパートのどこかしらに共同洗濯室があり、予約を入れてその時間になると洗濯物を抱えて洗濯室(Tva(¨)ttastuga)へ行き洗濯をします。
アパートにより少しづつ予約時間の入れ方や使用時間などの決りは違うものの
基本的なことは同じようです。予約した時間を1時間過ぎても洗濯をし始めていないときは、
他の人がその時間その場所を使ってもいいというようなルールもあります。
洗濯室に入るには鍵がいるので住人しか使えないようになっています。
私の住んでいるアパートの洗濯室の場合は、朝8時〜12時、12時〜16時、
16時〜20時と1つの枠が4時間づつ1日に3ローテーションの予約枠があります。
洗濯場所は4つに別れていて、その1つ1つの洗濯コーナーには、
大きい洗濯機1台、それより一回り小さい洗濯機が1台、大きな乾燥機、
そして洗濯物を広げて乾かすことの出来る乾燥室が付きます。
そんなわけで、マイナスの気温が続くきびしい冬でもふんわり柔らかく干し上がった
洗濯物を手にすることが出来るのです。

※目からウロコの乾燥室。10畳ほどのスペースを、個人で貸し切りにすることが出来るのだそうです。ファンからの送風パワーで、天井にぶら下がっているワイヤーに干した洗濯物を、短時間で乾燥させることができます。

毎週、金曜日の12時〜16時の枠に予約を入れるのが私のお決まりコースです。
朝8時始まりの語学学校から11時にうちへ戻ります。
それから日本人補習学校のバイトへ出かけるために4時に家をでられるように
洗濯を終わらせます。家中の洗濯物を集めて、イケアの青い大きな大きなビニール袋に
2つ分の洗濯物を抱えて、50メートル程はなれた洗濯室へと向かいます。
2つの洗濯機にまず1回分の洗濯物をギウギウ入れて、
洗剤を入れたらスタートボタンを押します。40〜50分後に脱水まで終わるので、
それまではうちへ戻って他の家事や日本人学校の教材作りをします。
頃合いを見計らってまた洗濯室へ行き、乾燥機へ入れるもの、乾燥室へ干すものを分け、
さらに2回目の洗濯物を放り込みます。乾燥室は10平米くらいの部屋です。
機械から流れ出す暖かい空気が洗濯物を乾かします。だいたい2回、
多いときで3回洗濯機を回すと全ての洗濯が終わります。
こちらでは、よく洗濯室でのもめ事の話を耳にしますが、アパートの人々が共同で使う場所なので、
時間を守り、掃除をするなどの決りを守らない人がいると嫌な思いをしたり困ります。
日本ではコインランドリーを使った経験がありますが、
このようなシステムになれていなかったので最初こそ戸惑いましたが、
慣れてしまうと広い洗濯室でドンッとまとめて
週1回のお洗濯も悪くないなと思えるようになりました。



●加藤由美さんのプロフィール

日本で陶芸作家として活動、1997年より縁あってスウェーデンへ渡る。
現在、スウェーデンのヨーテボリに暮す。
スウェーデンの自然と文化が、作品に与えるニュアンスを楽しみつつ、陶芸を生業とする。


 ギャラリー工のカフェで使っている由美さん作のカップです。

ギャラリー工で毎年12月開催の”祝展”のメンバーの一人。

●macoto.comさんのホームページのギャラリーコーナーに、
加藤由美さんの作品を紹介しているページがあり、
とても素敵ですので、是非ご覧いただきたいと思い、紹介させていただきます。

http://www.macoto.com/ macoto.comさんページのトップ

http://www.macoto.com/gallery/yumi/ 加藤由美さんコーナー


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