大雄山最乗寺・道了尊


お盆で小田原に家族で墓参に行った際、立ち寄った大雄山の最乗寺は、道了尊の名で 親しまれ、境内には老杉約2万本があり、曹洞宗では北陸永平寺・鶴見の総持寺に次ぐ大寺院とのことです。

開山した了庵慧明禅師(りょうあんえみょうぜんじ)は、相模国大住郡糟谷(さがみのくにおおすみごおりかすや)の庄(現在伊勢原市)に生まれ、藤原姓である。

50才半ばにして相模国に帰り、曽我の里に竺土庵(ちくどあん)を結ぶ。そのある日、1羽の大鷲が禅師の袈裟をつかんで足柄の山中に飛び大松(袈裟掛けの松)の枝に掛ける奇瑞を現じた。その啓示によってこの山中に大寺を建立、大雄山最乗寺と号した。應永元年(1394年)3月10日のことである。

というのが、開創の由来だそうです。



ここが書院です。


本堂は、昭和29年再建。間口15間、奥行き12 間。昭和を代表する仏教建築家、伊藤忠太氏の設計である。
御本尊は釈迦牟尼仏、脇侍に文殊・普賢両菩薩 を祀り、日夜国土安穏が祈念され、朝晩の勤行や当山山主が修行僧に対しての説法の場である。ということです。


これが大雄山最乗寺の全景図です。


草創応永元年(1394年)。創建に貢献した道了という僧が、寺の完成と同時に 天狗になり身を山中に隠したと伝えられることから、道了尊と呼ばれ、この道了にちなんで、仁王像のように道了尊には、天狗の像が山門の前に建っています。



山門、向かって左側にはmこの烏天狗の像が。


多宝塔は、文久3年(1863年)建立。多宝如来を奉安、方形層上円形木造二重の塔。南足柄市の重要文化財に指定されているそうでう。



   境内には老杉約2万本があるということで、
   これもなかなかの老杉でした。


境内には、こうした奉納の石碑がいっぱいありました。 これは火消し組の奉納碑のようです。


道了尊にちなんで、境内には多くの下駄が奉納されています。


御真殿脇に奉納された大小の高下駄。天狗さんの履き物は、高下駄だが、下駄は左右一対そろって役割をなすところから、夫婦和合の信仰がうまれ、奉納者が後を絶たないということです。


三面大黒天(箱根明神・矢倉明神・飯沢明神の三明神が一体に刻まれている)を奉安している三面殿です。三面殿の前には珍らしい子供を抱えている「子育ての狛犬」が安置されています



三面大黒天(箱根明神・矢倉明神・飯沢明神の三明神が一体に刻まれている)を奉安。


ここで、わが娘に天狗の霊が降りてきたところを熱写しました。アハハ、どうです、そんな感じでしょ!?


       天狗が白狐に乗っている像です。



大雄山開創の時、道了様が自ら井戸を掘り、土中から鉄印を得たが、これが大雄山重宝の御金印(おかのいん)である。
その跡から霊泉(金剛水)が湧出、以来600年、この霊泉を飲むものの諸病を癒していると、伝えられているということです。
     



 この龍の口からの湧水とっても美味しかったです。


鬱蒼とした老杉に囲れた350段余りの階段を登ると、御本地十一面観世音菩薩(大雄山守護道了大薩の御本地)が奉安されている奥の院に。 いつも沢山の参詣者が お参りに来るといいます。私たちもその一員です。であります


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