柿本照夫「一筆狼窯」 IN 八ヶ岳

2013年8月、GALLERY工 +Withのメンバー柿本照夫さんの八ヶ岳にある工房
「一筆狼窯」に、家人と一緒に行ってきました。

柿本さんと私は、同じ時期、今のマッキャンの前身のマッキャンエリクソン博報堂の制作部で、担当したクライアントは違いましたが、同じコピーライターとして働いていました。そういう意味では、まだ若かりし頃、広告クリエイティブでしのぎを削りあった、よきライバル、戦友であります。

そして、お互い60歳の半ばを迎え、柿本さんは陶芸作家として、私はギャラリーの親父として家人と共に、所は違えど今もクリエイティブの世界でもがいています。

工房は、北杜市小淵沢町上笹尾、中央高速小淵沢インターを降りて10分位の別荘地の中にありました。最初は山荘として18年前に建てたものだそうで、ご覧のように、緑濃い雑木の中に二つの三角屋根がとても印象的な建物です。
 (濱田哲二 記・撮影)



物書きでもある柿本さんは、ご自分のサイトにエッセイを掲載してるので、その中から、まずは工房の辺りの空気を感じとってもらいたいと思います。

俗世がうだる暑さに曝されていても、高原ではすでに秋の準備に余念がない。 森のヤブカンゾウがオレンジ色の八重のあでやかな花をつけている。まだうらうらと湧く白い雲は勢いがあるものの、ノコン菊やヨメナはその涼やかさでけなげにも夏に引導を渡そうとしている。

「花は美しさで人を魅するよりは、人の胸に、時のうつろいの迅(はや)さを 刻みつけるために存在するかのようだ」と歌人の上田三四二は書いている。
うべなるかな、である。 …
とありました。      



「一筆狼窯」の文字は、柿本さんが書かれたもの。その脇の切り株には、彼のつくった苔玉や陶芸作品が置かれています。


工房はベランダを改築して造ったということで、寒さが厳しくなる冬場、12月から3月頃までは、作陶はお休みだということ。でも、この季節は、気持ちのいい風が吹き抜け、色々な工夫が次々と湧いてきそうな素敵な作業場です。


この日、柿本さんは、私たちを八ヶ岳名物のブドウ、桃、スモモ、トウモロコシなどでもてなしてくれました。果物はどれも瑞々しく、トウモロコシは採れたての甘さに満ちていました。



そう、この作業場は、今は静かだが柿本さんの戦場であります。作陶に関して、彼はこんなことを言っています。

造形作業には終わりというものがない。これは広告業界にいたときも感じていたが、コピー・ライティングもさらさらと書いてこれで完璧とはいかない。自分のなかではある程度正鵠(せいこく)を射た案ができたと思っても、それから長い時間を掛けて、その周辺の言葉探しに時間を費やしたものである。
実は「これでいい」という確信をもつまでの時間のほうが長いのだ。
それでも「エイッ」と勢いを残して、切り上げる。作者の一割の未練を埋めてくれるのが、手にとってくれた方の寛恕の心なのである。ここで作品は、ひとつの完成形となる。

蝉の声がして、風に、緑の葉がそよいでいます。そんな作業場に佇み、ひと度作陶が始まった時のことを思ってみると、私は、土と闘う作家の壮絶な姿を感じないではいられませんでした。



素焼きをする前の作品も見せてもらいました。柿本さんが意欲を燃やす次回作です。(柿本さん撮影)そのことをやはりエッセイに。

昨秋の個展までは神の造形といわれるカンブリア紀のアノマロカリスや三葉虫に惹かれ、さらにはカマキリ、カブト虫など微視的な昆虫類にも魂を奪われていた。
ところが、いまはギリシャ神話の迷宮に入り、半人半馬の「ケンタウロス」に行き着いた。神話はイマジネーションの宝庫である。ケンタウロスは野蛮な狼藉者として描かれているが、造形的な魅力にあふれている。
来る日も来る日も、人と馬の合体部分はどうなっているのか、思案する。馬体を想像しては、土を撫でる。放恣(ほうし)な時間を無駄に過ごしたことに卒然としてうちしおれる。



窯の蓋も開けてもらいました。
「力耕(りっこう)、われを欺かず」の心境だそうです。
中国南朝宋の時代の詩人・陶淵明の言葉です。



素焼きをした柿本作品です。
とてもユーモラスで嬉しくなってしまいました。       


新作のショウリョウバッタ。
どんな釉薬を使って焼きあげるのか楽しみです。
柿本さんは、電気通信大学・電波通信学科卒業という面白い経歴の持主。理系の血が騒ぐのか、釉薬の化学反応にはとても興味があるといいます。 工房にある釉薬 の中には、自分配合のペシャルなものも色々とあるとか。

さて、工房を一通り見せていただいた後、私たちは小淵沢道の駅に面した温泉で、一汗流しました。そして、工房に戻ると、もちろん、良く冷えたビールで乾杯。それから、柿本さんお手製の酒肴がたくさん並び酒盛りと相成りました。

酒飲み話も、あれこれ色々。

柿本さんは、自分の名前と同じ和歌の大家・柿本人麻呂にあやかり、短歌にも挑んでいるということでした。それも文語表現の短歌なのだそうです。 なぜ、文語表現なのかというと、俵万智やネット短歌などの口語表記短歌は、言い得て妙なのは評価できても、30数年やってきた広告コピーの延長のようで、その詠歌スタイルに今さら与したく
ないという思いが強いからなのだそうです。

といった短歌の話や、柿本家のルーツ、天草の話。もちろん広告を創っていた頃の話。それから大切なスケッチ・ノートも見せてもらいました。そして、スケッチをしたり山野草を採取したりするオリジナル散歩のルートが、工房の近くには5つばかりあるという話を聞き明日はそのルートのひとつを案内してもらうということにして、酒盛りはお積りとなりました。



翌朝、工房を出発した頃は曇りがちでしたが、散歩の途中からよく晴れ暑さが厳しくなりましたが、とても楽しい散歩となりました。

色々な山野草を摘んだり、根からそのまま採取したりしました。

根っこごと採ったものは、サンショ、松の苗、ギボウシなど。摘んだ花は、吾亦紅、ほうずき、キキョウ、ウワズミザクラ、アカツメグサ、ヨメナ、ヤブカンゾウなどなど。

写真は工房から歩いて1時間位のところ。南アルプスが一望できるスポット。 この日は雲に隠れて、残念ながら、それぞれの山頂までは見渡すことができませんでした。



次に寄ったのは、大滝湧水です。

標高820mの大滝神社の中にあり、木をくりぬいた樋口から日量約22,000t、水温12℃の湧水が流れ落ちるそうで、昭和60年には名水百選に認定されたということです。 大滝神社由来記には武渟川別が訪問した際、清水の湧出を、農業の本、国民の生命、肇国の基礎と称賛し祭祀したと記されているのだそうです。

炎天を歩いてきた私たちには、冷たい湧水は最高の
ごちそうでした。 その湧水が流れる水路には、たくさんクレソンが自生していました。



この日私たちは、他にも、別の湧水に行ったり、キース・ヘリング美術館に行ったり、野菜の直売所を廻ったりし、楽しいひと時を過ごしました。お土産には名物の馬刺しも入手いたしました。

八ヶ岳の自然に抱かれた「一筆狼窯」の主、柿本さんの工房生活を垣間見ることができた1泊2日の旅、とても貴重な体験となりました。

この工房に掲げられている「志在千里」は、三国志の英雄、魏の曹操の「歩出夏門行」の一節です。

老驥伏櫪 志在千里 烈士暮年 壮心不已(やまず)

老いた駿馬は飼桶につながれていても千里を走る気持に変わりはないし、激しい気性の志士は年をとっても意気盛んな心は抑えられない。

曹操(字は孟徳)は、武将として優れていたことはもとより、よく書を読み文才にも秀でていたといいます。

そう「一筆狼窯」の主は、武骨にして、極めてチャレンジング。八ヶ岳の自然をこよなく愛し、自分にしか表現できない世界を一途に追い求める「美」の求道者でありました。
ぜひ、又、違う季節にお呼びいただき、別のオリジナル散歩ルートを案内 していただきたいものと思っております。その頃には、ギリシャ神話の半人半馬の柿本流「ケンタウロス」が完成し、きっと、私たちを待っていてくれることでしょう。
それも、今からとても楽しみです。



柿本作品の「ふくろう」です。 八ヶ岳の工房の周りに生えていたワラビを東京に持ち帰り、家人が活けたもの。猛暑の都会に一陣の涼風が吹き抜けていくようです。

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