ハマダ伝・最新版

作:濱田 哲二




  『ハマダ伝・最新版』 その4  お星さまのラーメン  

ぼくたちは若い夫婦のラーメン屋です。
毎晩、屋台を引いて、夜の街を流して歩くのがなりわいでした。
チャルメラを吹くのはイクコの役目になっています。
「おいしいラーメンはいかが、
あったかーいラーメンはいかが」
イクコのチャルメラはそんな音色がしました。
それが北風にのって遠くの方まで聞こえていくのです。

街角を曲がると、そこは小さな公園でした。
イクコは、チャルメラを吹くのを途中でフイにやめてしまったのです。
すると、イクコは「お星さまからラーメンの注文よ」
と突然言いました。
「お星さまから!?」
「そう、こう寒い晩はとても冷えるから、
できたてのあつあつのラーメンが食べたいんですって…」
「ヘェー」
ぼくは不思議そうにそう言うと、思わず空を見上げました。
だいいちお星さまがラーメンなど食べるわけがないからです。
「さあ、さあ、早くつくってください。
うちは迅速なサービスが売りものですよ」
イクコはそう言って、ぼくのことをせきたてるのです。
ぼくは仕方なく苦笑しながら、ラーメンのたまを両手でほぐして
お湯の中に入れました。
「ひとつじゃなくてよ、注文はふたつ」
「ふたつもかい」
ぼくはあきれたというように、大きなジェスチャーをしてみせました。
でも、イクコの言うとうりに、ぼくはもうひとつのたまもお湯の中に
入れました。
「うちのラーメンがおいしいって評判、お星さまでも知っているのネ」
イクコが言いました。
「そりゃァそうさ、銀座広しといえども、これほどのラーメンを食わせる
ところは、他にあるものか」
とぼくが答えました。

ぼくは子供のころからラーメンが大好きだったのです。
だから、今はラーメン屋をやっているのです。
でも、本当をいうと、今日はひと晩中でも仕事をさぼって、
お酒を飲んでいたい気分でした。
しかし、イクコのことを考えたら、そんなことができるわけが
ありません。
ぼくは実のところ、とてもつらい思いでいっぱいだったのです。
それというのが、ちっぽけなお店なんですが、一軒てごろな値段で
借りられるお店をいく日か前に見つけたので、銀行に融資をたのんで
おいたのです。
その結果が今日…
「今のあなたの財産と若さでは、やはりご融資しかねます」
という無情な返事となってかえってきたのでした。
ぼくはそのことをイクコに話しました。
口には出しませんでしたが、イクコも悔しかったにちがいありません。
ちゃんとしたお店だったら、こんな寒い晩でも、ちっとも苦痛じゃ
ないからです。

ぼくはメンをあげると、なれた手つきで水をきり、スープの中に
それを入れました。チャーシューとメンマとノリをのせると、
とってもおいしいラーメンのできあがりです。
「ハイ、いっちょうあがりィ」
と言って、イクコにわたしました。
「あぁ、いい匂い」
イクコはそう言うと、わりばしをパチンとわりました。
「にちょうめもあがりィ」
「ハイ、どうぞ」
イクコはぼくにもわりばしをさしだすと、
「いただきまーす」
と言いました。



「お星さまって!?」
「ウフフフ…あなたとわたし。
銀座一のラーメンを食べて、いやなことはさっぱり忘れちゃいましょ。
わたしたちにとったらこの屋台だってりっぱなお城ですもの!」
「そうだな…。でも、今にみていろォ!」
「その意気よ」
イクコの瞳がキラキラかがやきました。
イクコはなかなかの策士です。
きっとあったかいラーメンでおなかをいっぱいにして、
ぼくのことをはげましたかったのでしょう。
<そうか、お星さままで知っている銀座一のラーメンか!>
ぼくは心の中でそうつぶやくと、イクコといっしょに夜空を
見上げました。

―その時です。
「あっ、流れ星」
スーと糸を引いて流れていった
流れ星を、ふたりはたしかに
見たのです。
「まいどありィ」
ぼくは大きな声で言いました。
北風の冷たい晩のことでした。

<完>

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