端暮日記  
のんきな暮らし

この秋ものんき装いへらへらと 端暮


もくじ

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ハマダ伝・改作版IN


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*CM撮影で、若き日の石坂浩二さんと

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駄句一句IN


はじめに

人生、のん気に暮らしたい。
だけど、なかなか呑気になんか暮らせない。
だから、暢気を装い、へらへらと…。

端暮は、はしくれと読む。一応、俳号というか、雅号のつもりです。はし‐くれ【端くれ】とは…1 木などの端を切り落としたもの。2 取るに足らない存在ではあるが、一応その類に属している者。多く、謙遜しながら自分を表すときに用いる。さて、端くれのくれを、暮としたのは、いよいよ自分が人生の 暮れ方、晩年に向かっているという意味合いも含めています。 そこで、これから、つらつらと思い立った時に書く私の日記を、 端暮日記としたいと思っています。

ところで、大正7年(1918年)頃から流行した俗謡で、添田唖蝉坊 (そえだあぜんぼう)が社会を風刺して歌い、昭和に入って演歌師の 石田一松も歌い、人気を博した、歌の終わりに「はは、のんきだね」 という 囃子詞(はやしことば)が入るところから、「のんき節」と呼ばれ た流行り唄があります。You Tubeで聴いてみようと捜したら、 春日八郎のレコードで、こんな歌詞の「のんき節」がありました。

のんき節

貧乏でこそあれ 日本人は偉い
それに第一 辛抱強い
天井知らずに 物価は上がっても
湯なり粥なり 啜っていきている
はは、のんきだね

万物の霊長が マッチ箱みたよな
ケチな巣に住んでる 威張ってる
嵐にブッ飛ばされても 津波を喰らっても
天災じゃ仕方がないさで 済ましてる
はは、のんきだね

月給を二倍に してあげましょう
税金も二倍に してあげましょう
物価は三倍 四倍に してあげましょう
私の算術なかなか 上手いでしょ
はは、のんきだね

パリの空の下 セーヌは流れる
東京は隅田という名の ドブが流れてる
オリンピックに集まる 青い目の人たちは
さだめし鼻を摘まんで 見物召さるだろ
はは、のんきだね

のんき節へ<IN

さて、さて、私、クリエイターの端くれとして、「人生は死ぬまで プレゼンテーション」だと思っています。コピーライターや、クリエイティブ・ディレクター、 プロデューサーとして、大した才能もないままに、いろんなことをやってきました。アート展や、音楽イベント、落語の会などの企画・プロデュース、 そして、作詞。最近では、がんという厄介ものを抱えながら、 山あり谷あり、あれやに、これや、色々と…。そんな中で感じたことや、 思ったことを、ざっくばらんに綴っていく所存です。


  菊まつり落語「元犬」無事演じ 2018/11/19(月)

          <最新の記事>

さっそく私はFacebookに、こんな書き込みをしました。

17日は、2、3日前はあまり芳しくない天気予報だったのですが、よく晴れた暖かい1日になり、お陰さまで「かさま落語会」も大成功に終わりました。

笠間稲荷では、毎年恒例の菊まつりも開催されており、当日売りのお客さまも結構入ってくれた模様で、160人を越す盛況でした。

プロの出演者は落語の瀧川鯉昇師匠、マジックのマギー司郎さん、そして、わが友、高田文夫氏。開口一番の「元犬」も上々の出来で楽しいひと時を過ごしてまいりました。打上げのビールも格別でした。

高座に上がるのは今年で最後にしようとも思っていたのですが、
お陰さまで私の高座を楽しみにしてくれる方もケッコーいらっしゃって、また来年もなんていう気持ちで帰ってきました。

こんなコメントを載せたのは、「かさま落語会」の世話人を長年おやりいただいている歯科医の綱川先生から、さっそく嬉しいメールをいただいたからであります。

濱田哲二様

今年は例年になく160名という大入りのかさま落語会で、楽喜さんの「元犬」を聞く事ができ、楽しい時間を過ごす事ができました。ありがとうございました。
20年以上も続くとは考えもしなかったのですが、毎年楽しい会を続けられたのは、前座時代からの濱田さんのおかげです。
結構ファンの方も多く、「今年も楽喜さんやるのですか?」という声もありました。札幌の林先生も来られなくなり、また濱田さんのファンでもあった笠間稲荷神社の宮司のお母さんが96歳で春に亡くなられたのも残念ですが、長く続けるということは、そういうことか、と結構、感無量です。本当にありがとうございました。

綱川健一

更に、Facebookで、わざわざ東京から「かさま落語会」を観に来てくれた瀬川氏が以下のようなコメントをしてくれました。

今年もやってきました「かさま落語会」。
小春日和の中、お客さんも満員御礼でした。
開口一番は、今回も喜楽屋楽喜こと濱田さん。
犬好きの濱田さんにぴったりの演目「元犬」で
堂々と前座をこなされていました。
来年は持ちネタ3部作の3つめの演目を聞けると
思うと今から楽しみです。
そしてメインは座ってニコッと笑うだけで
お客さんをつかむ鯉昇さん。
古典をアレンジした「粗忽の釘」と「茶の湯」も
独特の鯉昇ワールドに引き込まれて笑わせて
いただきました。
また演芸の方では、お馴染みのマギーさん。
元々茨城ご出身らしく、地元ネタも盛り込んで
マジックというより漫談?と思える巧みな間と話芸で
楽しませていただきました。
終演後、近くの割烹での懇親会にも参加させて
いただきました。
宴席でも鯉昇さん、マギーさんの舞台と変わらぬ
腰の低い親しみやすいお人柄からか、なごやかで
あたたかい会でした。

「元犬(もといぬ)」あらすじ。

浅草蔵前の八幡さまの境内に、珍しい純白の戌が迷い込んだ。

近所の人が珍しがって、白犬は人間に近いというから、
きっとおまえは来世で人間に生まれ変われると言うので、
犬もその気になって、人間になれますようにと
八幡さまに、三七、二十一日の願掛け。

祈りが通じたのか、満願の日の朝、
一陣の風が吹くと、毛皮が飛んで、気がつくと人間に。

うれしいのはいいが、裸ではしょうがないと、
奉納手拭いを腰に巻いた。

人間になったからは
どこかに奉公しないと飯が食えないと困っているところへ、
向こうから、犬の時分にかわいがってくれた口入れ屋の
上総屋吉兵衛。

奉公したいので世話してくれと頼むと、
誰だかわからないが、裸でいるのは気の毒だと、
家に連れていってくれる。

ところが、なかなか犬の癖が抜けない。

すぐ這って歩こうとするし、
足を拭いた雑巾の水は呑んでしまうわ、
尻尾があるつもりで尻は振るわ、
干物を食わせれば頭からかじるわ。

着物も帯の着け方も知らない。

どこの国の人だいと首をかしげただんな、
おまえさんはかなり変わっているから、
変わった人が好きな変わった人を紹介しようと言って、
近所の隠居のところに連れていくことにした。

隠居は色白の若い衆なので気に入り、
引き取ることにしたが、やたらに横っ倒しになるので閉口。

ウチは古くからのお元という女中がいるから、
仲よくしとくれと念を押すと、
根掘り葉掘り、身元調査。

生まれはどこだと尋ねると、
乾物屋の裏の掃き溜めだという。

お父っつぁんは酒屋のブチで、
お袋は毛並みのいいのについて逃げた。

兄弟は三匹で、片方は大八車にひかれ、
もう片方は子供に川に放り込まれてあえない最期。

なにか変だと思って、名前はと聞くと
「ただのシロです」

隠居、勘違いして
「ああ、只四郎か。いい名だ。今茶を入れよう。
鉄瓶がチンチンいってないか、見ておくれ」
「あたしは、チンチンはやりません」
「いや、チンチンだよ」
「やるんですか?」

シロがいきなりチンチンを始めたので、
さすがの隠居も驚いた。

「えー、茶でも煎じて入れるから、
焙炉(ほいろ)をとんな。そこのほいろ、ホイロ」
「うー、ワン」
「気味が悪いな。おーい、お元や、もとはいぬ(=いない)か?」
「へえ、今朝ほど人間になりました」



写真は、今年の5月に 5歳で天寿を全うしたCoCoが、私が落語の稽古をしていると、その座蒲団に座りたがったので、以前、それを撮影したものです。


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